第3回 当院における放射線治療

平成18年8月公開
(※ 取材対象者及び内容は公開当時のものです)

日本における死亡原因の第1位は、「悪性腫瘍」です。
関西労災病院においても「悪性腫瘍」に対する診療を重要な機能の1つと考え、地域のみなさまをはじめたくさんの方々へ高度で安全な診療を提供するためにさまざまな取り組みを行っています。
今回は、奥 謙院長と放射線治療部 松井正典部長に、当院でのがん治療のあり方、特に放射線治療について話をしてもらいました。

がん治療についての今までとこれから

奥院長:がんの治療傾向は以前に比べるとずいぶん変わってきていますね。

松井部長:日本のがん治療は“外科主導型”が特徴的です。これはおそらく外科医が多岐にわたる疾患を扱っていることから、患者さんの玄関口として一番入りやすい科であったことと、「がんは手術をすれば治る、手術できないものは治らない」という通念がそのような流れをつくったのではないかと思います。

奥院長:がんを治療する場合の選択肢は大きく分けて3つあると思います。「手術を受ける、化学療法を受ける、放射線治療を受ける。」今回はこれらの中で特に放射線治療についてお話しいただくわけですが、そうなると外科主導型だった流れの中でまず触れなくてはならないのは現在の放射線治療や化学療法の質が以前と比べて大変良くなっているということですね。

松井部長:以前の放射線治療は、腫瘍組織はもちろんのこと正常な組織にも放射線が照射されたため、副作用が出たり、照射の量が不十分だったりしました。最近はコンピュータの発達によりピンポイント照射という技術を行なう施設が増えてきました。これは必要なところにできるだけ放射線を集中させ、正確に照射して、正常な組織の副作用を起こすようなところにはできるだけ照射しないようにするものです。このピンポイント照射は立体的に照射位置を捉えるため、三次元照射とも言います。
数少ないのですが、当院でもケースによってはこの三次元照射を行っています。
全国の調査によると、当院ではまだ行われておりませんが、“小さな肺がん”に対して高精度の三次元照射を行った場合、手術と同程度の好成績が報告されるようになってきました。「症例によっては、早期限局の癌では放射線治療も選ぶことができる」とガイドラインで謳われています。

奥院長:ところで意外に思われるかもしれませんが、放射線治療が技術的に進歩しても治療に使われる線種そのものはあまり変わっていないと聞きます。要は放射線ビームを制御する装置がよくなったということですか。

松井部長:そうです。コンピュータと画像の発達が治療の進歩に大きく貢献しています。放射線の量を計算するコンピュータのことを治療計画装置といい、それに立体的な画像を取り込み、照射位置をより限定できるようになってきたのです。

当院での放射線治療の現在/放射線治療に関わる各診療科医師の連携強化

—関西労災病院では、どのような患者さんに放射線治療を行っているのでしょうか。

松井部長:端的な話をしますと、私は手術だけでがんを治すことができる症例であれば手術だけで治療することに問題はないと思っています。ところが手術で50%ぐらいしか治せない場合には、がん種によっては放射線治療を選択する方が良い結果につながることもあるのです。
当院も含めがんと診断された患者さんが受診なさる場合、まず外科、あるいは内科の医師にかかるのが一般的です。その医師が放射線治療の必要を感じたときに放射線治療部へ紹介されるというのが現状です。
患者さんに最適な治療方法を選択していただくためには、治療を始める前に診療科をまたがったネットワークやカンファレンス(※1)を利用し、お互いの能力を知ったうえでそれぞれの情報を共有し、患者さんにとっての最善の治療方法や治療の順番を共同で決定していくことが大切なわけです。

奥院長:そうですね。今まではその医師が受け持った患者さんはその医師の治療法で治療し、その後に放射線、あるいは化学療法などの治療へという流れでした。患者さんにとって最適な治療ができるように院内のネットワークやカンファレンスを構築していくことが当院の今後のテーマと言えます。これを推し進めてくいと手術、放射線治療、化学療法という組み合わせが有効に機能していくわけです。

松井部長:例えばアメリカでは、がんの患者さんに放射線科が関わる割合は7~8割です。日本ではよくて3割、通常2割台です。その違いは医療システムに起因しています。
まず一つ目のシステムは合同カンファレンスの有無です。アメリカの大きな病院では、治療前に合同カンファレンスを行います。その結果、放射線治療になるケースが非常に多いと聞きます。参加する外科医や内科医が、同時にがん専門医であることも大きなポイントでしょう。各専門分野に加えがん専門医を持つ、つまり十分な経験と知識がある医師が、このカンファレンスで、他の専門家のアドバイスを受けることで、より確実に治療法を確定できるのです。
二つ目は“患者管理能力”です。例えばアメリカには抗がん剤をたくさん使った化学療法を行った後に、放射線を照射した場合、きちんとケアする専門医が存在します。外科医が抗がん剤を使った場合、手術をやる一方で患者さんの複雑な治療状況までケアするというのは大変です。アメリカには、このように抗がん剤を使うときの専門医がたくさんいます、日本とは違いますね。

奥院長:当院のみならず日本では、先生が言われたような放射線治療医や腫瘍専門医、そして化学療法を専門にする医師、患者さんの管理をきっちり行なえるスキル自体が今まで認識されていなかったため、人材が十分育っていないわけですね。自分で一生懸命取り組んでいる医師が、全国にちらほらいるというのが現状で、急にはまだ無理な話でしょう。そういう考えをみんなが共有して、育ちつつある段階ですね。

松井部長: そうですね。腫瘍専門の看護師(オンコロジーナース)はアメリカでは随分多くいます。日本でもそういう看護師たちが育っていく気風もあります。これは医師の育つスピードより早いので、戦力になると期待しています。

—では、放射線治療の目的をどう位置づけておられますか。

松井部長:一般的に申し上げると、放射線治療の目的には2つあって、1つは根治で、1つは緩和治療なんですね。割合から言いますと、大体根治が3割から4割、後はほとんど緩和治療です。
まず根治の場合は、できるだけEBM(Evidence Based Medicine)(※2)に基づいた治療を目指しています。放射線単独ではなく、より大きな成果を挙げるために抗がん剤と併用する方法が8~9割ぐらいです。ですから放射線治療医としては抗がん剤をいかにうまく使うか、ひいては治療を受けている患者さんをいかにうまくケアしていくかということが重要になります。このためには抗がん剤を使用する診療科の医師と放射線科医師が協力することがとても大切です。
ひとつの考え方として臨床腫瘍科という診療科があり、そこに放射線治療医や抗がん剤治療の専門医がいたり、外科的なアドバイスをする医師がいたりすると、もっと横断的な治療グループになりますね。

放射線治療を受ける患者さんの不安について

—ところで、放射線治療に対する患者さんの認識は変わってきていますか?特に日本では原爆から受ける「被爆」という言葉に対してのイメージもあり、放射線治療を勧めても拒否されたりするケースがあるのでしょうか。また、実際にインターネット上で調べてみると、吐き気や脱毛など治療に伴う副作用について詳細に記された体験記が多く見受けられますが。

松井部長: 最近では治療を断られるケースはずいぶん減りました。むしろ私たちが驚くくらい患者さんは知識を持っておられます。ただ、たまたま今日治療を始めた方から「私が受ける放射線治療というのはチェルノブイリの放射線と一緒ですか?」とお聞きになられました。言葉には出されなくても、漠然とした不安を持っていらっしゃる患者さんは少なくないと思います。この患者さんは大量の放射線を全身に浴びた場合の不安のことをおっしゃっているのだと思いますが、放射線治療は必要最小限の範囲に放射線を集中して照射するという点で全身に放射線を浴びたチェルノブイリの事故とは全く異なる安全なものです。もちろん、途中で副作用が出ればすぐに変更も可能ですし、途中で縮小するということも可能な治療です。
放射線治療は「どれぐらいの放射線をどれぐらいの期間に分けてどこに照射するか」が重要であり、それを決めるのが私たち放射線治療医の仕事です。副作用はどうしても局所に起こりますが、全身的な副作用というのは、最近ではかなり減ってきています。

奥院長:放射線治療は手術と違って外来通院で可能な場合が多く、体に対する侵襲も軽く、患者さんの日常生活への制限を少しでも減らすことができ、患者さんへのメリットがたくさんある治療法のひとつと考えていいと思います。

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放射線治療のメリットとデメリット

—がん治療において、患者さんの視点から見た放射線治療のメリット・デメリットをお話いただけますか。

松井部長:がんの種類や、病気の段階によっても違いますが、ごく簡単に言いますと手術の場合は機能を失ってしまうことが多くあります。例えば早期喉頭がんだと、手術も放射線治療のいずれでもかなりの確率で治りますが、手術した場合には声を失ってしまいます。しかし、放射線治療であれば声を失わずにすみます。両者は結果的にほぼ同じぐらいの生存率です。
たとえば、もう少し病気の進んだ下咽頭がんの場合でも、手術をするとかなりの確率で治癒に至ります。しかし、やっぱり声を失いたくないから放射線と抗がん剤で治療したいと患者さんが希望される場合には、手術の方が治る確率は高いということをお知らせする必要があります。しかし、それでも声を失いたくないということに患者さんご自身が重大な価値を見出されるなら、放射線と抗がん剤でも治る可能性はこれぐらいあるという情報を医師は患者さんにお知らせしないといけませんし、患者さんとしては医師と相談しながら自身の希望に添うような形で治療方法を選択することができるわけです。これらがメリット・デメリットといえるかもしれません。

—–関西労災病院だけではなく、どこの病院でもがん診療に関してグローバルな視点を持った医師を育てることが大切ですが、関西労災病院としてはいかがお考えですか。

奥院長: 後進を育てることは、とても大切だと感じています。特に、関連スタッフについてはですね。放射線治療医であり、技師であり、それから全身管理のできる人、化学療法のできる人、日本はそういうスタッフを今育てていこうとしている段階にあることを私たちは知らなくてはなりません。

松井部長:現在当院には放射線治療医が2人いまして、このサイズの病院としては恵まれていると思います。さらに技師のチームで4、5人が参加しています。今年からは放射線技師であり、かつ品質管理士という資格を持つ技師が参加していることが特筆すべきことだと思います。放射線品質管理士とは、さまざまな過照射や誤照射、あるいは機械の劣化から生じる精度の悪さなど、放射線の品質を管理しつつ精度の高い放射線治療を常に維持するために目を光らせる仕事をする人です。品質管理士がいることで、関連する業務に携わるスタッフの技術も磨かれていくと思います。ほかには治療医、放射線技師、あるいはナースなどに向けた教育プログラムが全国で開催されているので、病院は積極的に教育を受けに行くことができるようにサポートしていただければ大変ありがたいなと思っています。

奥院長: もちろん積極的にサポートします。行きたい方がいらっしゃればすぐにでも行っていただきます。

松井部長: 院内のカンファレンスをこれから立ち上げていきますが、これには2つの目的があると思っています。1つは、患者さんにとって本当に正しい治療法を選択するということ。もう1つは、そこに出席した人が、それによって教育を受けるということです。教育的な側面を持ったカンファレンスにしていかなければ、スタッフは育たないと危惧しています。

当院での今後のがん治療について

—–関西労災病院のがん治療に対するビジョンをお聞かせ下さい。

奥院長:結局、悪性腫瘍に対しては、組織横断的に集約的なチームで治療に取り組まなければならないと考えます。その中に、患者さんもチームの一員となって入っていただき一緒に悪性腫瘍と戦うというようなシステムに持っていきたいなとも考えています。

松井部長:先ほど申し上げたように、放射線治療というのは根治と緩和という2つの側面を持ち広い領域をカバーする治療法なんですが、外科的手術は必ずしもそうではなく、また化学療法も必ずしもそうではないんです。そういう意味で、本当はもっと多くの患者さんに関わってもいい治療じゃないかなと考えています。

まとめとして「地域の中での役割について」

松井部長: 当院は地域の中核病院であり、地域のみなさまに高度な医療を提供することが重要であると考えています。ですから、地域の他の病院の先生方や開業しておられる先生方との連携がとても重要で、それに対して情報発信を積極的にし、さまざまな申し出を受け入れられるよう努力していく必要性を感じています。

奥院長: そうですね。現在の治療方針や方法に不安を感じている患者さんがいらっしゃるならば、当院にはセカンドオピニオン外来がありますからどうぞおいでください。
私たちは、色々な治療の可能性を説明し、患者さんのご希望を取り入れた治療方針を立て、一緒に病気に立ち向かって行きたいと考えています。

※1 カンファレンスとは・ ・ ・

カンファレンスとは日本語では症例検討会と呼ばれるもので,通常は医師同士で診断や治療方針について議論する場を意味します。

※2 EBMとは・ ・ ・


EBMとはEvidence Based Medicineの頭文字を取ったもので、日本語では、”根拠に基づく医療”です.簡単に言うと、現在利用可能な最も信頼できる情報を踏まえて、目の前の患者さんにとって最善の治療を行う、ということになります。

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