大動脈弁狭窄症 – 関西ろうさい病院(兵庫県尼崎市)地域医療支援病院・がん診療連携拠点病院
独立行政法人 労働者健康安全機構 関西ろうさい病院循環器内科

大動脈弁狭窄症

大動脈弁狭窄症だいどうみゃくべんきょうさくしょうとは?

概要

AS(Aortic stenosis)とは、心臓と大動脈の間にある大動脈弁が石灰化等で開きが悪くなる状態を指します。大動脈弁とは心臓にある4つの逆流防止弁の一つであり、心臓と大動脈の間にあり、半月の形をした扉で通常は三葉構造となっております。全身に血液を送り出す左心室の出口にある大動脈弁が狭窄しますので、慢性的に左室への圧負荷を伴い、左室肥大・線維化を生じ、結果的に左室機能障害を生じ、最終的には血行動態の破綻に至るとされています(1)。

経時的な変化としては、当初は弁狭窄を伴わない大動脈弁硬化ですが、次第に進行し大動脈弁弁尖の肥厚、線維化、石灰化が生じます。ASが進行すると狭心痛、失神、心不全症状などの症状が出現し、自覚症状出現後の平均余命は2~3年と言われます(2)。重症度分類は心エコー図検査にて行われ、大動脈弁硬化⇒軽症⇒中等症⇒重症⇒超重症の順に進行します。

資料提供 エドワーズライフサイエンス

先進国においては、加齢に伴う大動脈弁の変性(形態的に変化すること)がASの主たる原因とされています(3)。ASの頻度は加齢とともに上昇し,70歳未満における重症ASは1%未満であるのに対し,80歳以上では7%程度と言われています(4)。

前述の通り重症ASは予後が非常に不良ですが、残念ながら進行を抑制する有効な薬物治療はありません。そのため弁への直接的な手術介入がclassⅠで推奨されています(1)。かつては外科的大動脈弁置換術(SAVR:Surgical Aortic Valve Replacement)しかなく、手術リスクの高い患者様に対しては対症療法をする他ありませんでした。加齢に伴い増加するASですが、高齢になるにつれて併存症や体力の低下により手術リスクは増加し、手術自体が困難となるのです。そのような方々に対し根治が可能な低侵襲カテーテル治療として経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI:Transcatheter Aortic Valve Implantation)が2002年にフランスで第一例として施行され、以降世界中に普及しています(5)。わが国でも2013年より保険適用となり、海外と比べて良好な成績を挙げています(6)。TAVIは胸を開けず、心臓も止めず、カテーテル(細い管)を使用して、患者さんの心臓に新しい人工弁を留置します。現在も標準治療はSAVRですが、外科的治療の負担が大きい高齢患者様に対しては、TAVIは体の負担が極めて少ないため、入院期間が極めて短く(関西労災病院では約1週間)、術翌日には点滴台を押しながら自分の足で歩くことが出来るのも特徴です。

傷の大きさは極めて小さい

循環器内科医師・心臓外科医師・麻酔科医師・臨床工学技士・放射線科技師・手術室看護師・病棟看護師によるハートチームが術前カンファレンスで各患者さんの情報を共有して手術に臨みます。当院はカテーテル治療に特化した精鋭チームであり、十分な臨床経験の基に施行されるTAVI手技は、他院にはない安定感があり、仮に手術中に不測の事態が起こっても迅速に対応することができます。また大阪大学の循環器内科・心臓外科とも連携しており、必要に応じて手術応援を依頼することで最適かつ最良の治療を各々の患者さんに受けていただくことが出来ます。

病因・病態

病因

ASの病因には、加齢性、リウマチ性、先天性があると言われています。かつて大多数を占めていたリウマチ性ASは、小児期にリウマチ熱に対する適切な治療が行われるようになったため,先進国では近年はほとんど認められなくなっています。平均寿命が長いわが国をはじめとする先進国では,加齢に伴うASの占める割合が最も大きく,手術を要する重症ASの80%以上を占めると言われます(7)。通常は三尖(弁が三葉)である大動脈弁が、一尖、二尖、四尖弁になる先天性疾患によるASも認めます。この中では二尖弁が最も多く、有病率は全人口の約1%であり(8)、大動脈弁が三尖の患者と比較して二尖の患者は約10年ほど早く石灰化に伴うASを来すとされています(9)。70歳未満でSAVRを受けた患者の中では,大動脈弁が三尖の患者数より二尖の患者数の方が多いとも報告されています(10)。

病態

ASは弁膜症ではありますが、その結果として心筋に影響を与えることで症状が出現します。そのため、弁疾患のみではなく、心筋疾患としても捉えることが重要となります。ASの病態は,左室流出路にある大動脈弁の狭窄に伴う慢性的な左室への圧負荷とされます。例えるなら、指でホースの先をつまむ時の状態となります。通常、水はホースからゆっくりと太く流れ出ますが、先端を指でつまんで細くすると水は細く勢いよく遠くまで飛びます。同じ水量を保とうとする場合、より水流の速度を上げる必要があり、その分だけ圧力が必要となります。ASの初期においては、この圧負荷により増大する左室壁応力(ストレス)は左室心筋が肥大することによる左室収縮力の増大により代償されます。左室の心筋肥大が生じますと、拡張も妨げられますので、より強い左房収縮が必要となります。進行すると神経体液性因子の活性化なども加わり,左室肥大の進行,左室線維化の亢進などが生じます。

症状

大動脈弁が狭窄すること自体による特異的な症状はありません。ASに伴う症状として狭心痛、失神、心不全症状などがあります。

狭心痛

肥大心筋はより多くの酸素需要が必要になり、またASの影響で冠血流量が低下するため、冠動脈(心臓を栄養する血管)に狭窄が無くても狭心症状を来します。症候性の重症AS患者の予後は不良であり、平均余命は狭心痛出現後が45ヵ月と言われています(11)。

失神

一過性に大動脈弁を通過するのに十分な圧力を生み出せない時、中枢神経系(頭)への血流が低下を来し、失神(一過性の意識消失発作)やめまいを生じます。失神を生じた場合の平均余命は27ヵ月と言われています(11)。

心不全症状

動悸・労作時息切れ・呼吸困難・倦怠感のような心不全症状を来すことがあります。ASにより左室圧が上昇し、左房圧、肺静脈圧も上昇することで、呼吸症状が出現します。心不全症状出現後の平均余命は11ヵ月と言われています (11)。

無症候性であっても重症AS患者の予後は不良と言われます(12)が、症候性の重症AS患者の予後はさらに不良です(11)。ASの無症候期は長いですが、症状出現後は予後が急速に悪化します。一般的にASの経過は緩徐であるため,無意識に症状が出るような活動を避けるようになり,本人が症状を自覚していないことがあります。特に高齢者ではこのような傾向が強いです。「階段を2階まで上った際に息切れを自覚するか」や「最寄りのバス停まで呼吸苦無く歩けますか」など、具体的に問診を行うことが重要となります。

検査

聴診にて疑い、心エコー図検査にて診断を下すことが基本となります。

聴診

頸部に放散する収縮期の駆出性雑音を聴取することが特徴的です。ただし心雑音の最強点は胸骨右縁第2肋間から心尖部までと、個人差が大きいです。II音の奇異性分裂、脈波の立ち上がりが遅い遅脈や鶏冠状の頸動脈波なども認めます。なお、ASが進行して左室機能障害をきたし、一回心拍出量が低下すると収縮期雑音は小さくなりますので、雑音の強弱で病態の重症度を判断するのは困難です。

心エコー図検査

ASの診断と重症度評価は主に心エコー図検査で行います。弁の形態、輝度上昇、石灰化の有無や分布・程度、解放程度を観察し、ASを示唆する所見があると考えられたら,ドプラ法を併用して重症度評価を行います.弁通過血流速度や圧較差の測定は簡便ですが血行動態の影響を受けて変化するので,重症度評価には大動脈弁口面積(AVA:Aortic Valve Area)もあわせて求めるのが通常です.弁口をトレースしてAVAを算出することもできますが,石灰沈着のために正確なトレースは困難であることが多いです。そのため、ドプラ法を用いた連続の式によってAVAを測定することが多いです。また経胸壁心エコー図検査の画質が不良で十分な評価ができない場合には経食道心エコー図検査(胃カメラの様に食道内にエコープローベを挿入し、心臓を裏から観察する手法)を施行します。安静時の心エコー図検査では評価が不十分な場合には負荷心エコー図検査を行うこともあります。

心臓カテーテル検査:冠動脈疾患の評価や血行動態評価が必要な場合に行うことがあります。

CT検査

正確な大動脈弁や周囲の構造物、冠動脈の評価に有用とされます。TAVIの手技リスク評価や生体弁の種類,サイズ選択,留置経路決定に重要となります。

重症度分類

大動脈弁硬化 軽症AS 中等症AS 重症AS 超重症AS
最大流速
(m/秒)
≦2.5 2.6-2.9 3.0-3.9 ≧4.0 ≧5.0
平均圧較差
(mmHg)
<20 20-39 ≧40 ≧60
AVA
(cm2
>1.5 1.0-1.5 <1.0 <0.6
AVAi
(cm2/m2
>0.85 0.60-0.85 <0.6

AVA:大動脈弁口面積、AVAi:AVA index(体表面積でAVAを補正した値)

大動脈弁に開放制限を認めるも、AVA≧1.0cm2であれば軽症・中等症ASに分類されます。最大流速、平均圧較差で軽症と中等症は定義され、AVA<1.0cm2もしくはAVAi<0.6cm2/m2であれば重症ASに該当します。パラメーターが一致する重症ASの場合は正しく評価されていると判断することができます。しかし、AVA<1.0cm2ではあるが、最大流速<4.0m/sないし最大流速<40mmHgの場合は低流量低圧較差と言われます。低流量低圧較差の症例の中には、大動脈弁通過血流速度が低いため、大動脈弁の開放面積が小さくなっており、血流速度が上昇した時には弁口面積が大きくなる偽性重症ASが存在します。それらを鑑別し、真の重症ASを診断するために、負荷心エコー図検査やCT検査による石灰化スコア(Agatstonスコア)などから総合的に判断をする必要があります。
【ガイドライン 図16 ASの重症度評価を使用】

治療

大動脈弁尖の変性は機械的刺激、内皮機能障害、酸化ストレス、炎症反応、弁尖の出血などの多因子が関与して進行するとされていますが、厳密には機序は明らかではありません(13)。ASは高齢化に伴い増加していますが、進行を抑制する有効な内科治療は存在しないと言われています。一方、SAVRやTAVIによって症状や生命予後の改善が期待できる病気でもあります。

SAVR

SAVRは20世紀半ばより行われてきた治療法であり、現在でも重症ASに対する治療のゴールドスタンダード(標準)と言われます。機械弁(全て金属やカーボンでできた弁)と生体弁(弁尖などの血液に触れるところがウシやブタなどの生体組織でできた弁)と2種類に大別することができます。また、弁輪拡大術や縫着術式の工夫などでより適した治療を行うこともできます。
機械弁
生体弁と比較して耐久性は格段に優れており、再手術回避率は10年で98%、20年で95%と良好な成績を示しております(14)が、機械弁には血栓が付着しやすく、血栓塞栓症(脳梗塞や心筋梗塞、腸管虚血など)予防のために、生涯の抗凝固薬内服が必要となります。
生体弁
術後3か月~6か月間の抗凝固薬内服は必要となりますが、その後は内服する必要がありません。弁尖などは生体組織で形成されていますので、経年劣化による弁機能不全が生じるため、機械弁と比較して耐久性には劣ります。特に若年の患者に対しての長期成績は不良ですが、70歳以上の症例においての再手術回避率は15年で98%と良好な成績が示されています(15)。
上記のとおり、SAVRは長期の治療成績も示されております。若年の症例であったり、他に開胸手術が必要な心血管疾患を併発していたり、TAVIに不向きな症例(カテーテルが挿入できない、弁の石灰化がかなり強い、弁輪部が小さいなど)に対しては第一選択の治療法となります。また先天性疾患によるASの場合、大動脈瘤や大動脈解離も合併することが多く(8)、上行大動脈への治療介入も必要な場合はSAVRが優先されます。

TAVI

SAVRが不可能、もしくは高リスクな症例に対しての低侵襲カテーテル治療として2002年にフランスで第一例が施行され、本邦では2013年より治療が可能となりました。TAVI弁は生体弁のみで、その留置形式よりバルーン拡張型弁と自己拡張型弁に分けられます。ほとんどの症例は低侵襲であるTFアプローチ(Trans-femoral approach:経大腿動脈アプローチ)で施行され、カテーテルのみで治療が完結します。創部は小さく、痛みもほぼないため、翌日から歩行可能となります。今まで開胸手術(胸を開いての手術)の侵襲(負担)に耐えることのできなかった高齢の方々にも治療が可能となった、最も革新的な治療法の一つと考えられます。またTAVI弁も日進月歩で改良が重ねられており、その耐久性は向上しており、10年間ではSAVR弁と遜色無い結果となっております。当初の適応は外科手術が不可能な症例のみでしたが、侵襲度の低さや治療成績の良好さなどから、手術リスクが中リスク・低リスクの症例にも適応が広がっている動きがあります。ただ日本においては、他国と比較して平均余命が長いこと、TAVI弁の10年以上の長期の耐久性が不明であることなどから、若年の方にはSAVR、高齢の方にはTAVIが治療の原則となっております。本邦のガイドラインでは目安として、80歳以上でTAVI、75歳未満はSAVRを選択し、さらに個々の症例の併存疾患やフレイル(身体の元気さ)、解剖学的特徴を加味して、ハートチームで決定していくこととなっています(1)。
当院の特色
・1か月ほど前
外来にて各種の術前検査(心電図検査、ABI検査、心エコー図検査、CT検査、呼吸機能検査など)を受けていただきます。もし追加で精査が必要であれば、入院での心臓カテーテル検査を行い、TAVI術前に心血管の治療を行う場合もあります。
・入院
手術(TAVI)の前々日、もしくは前日に入院していただきます。食事は前日の夕まで摂取していただき、当日の朝からは絶飲食となります。造影剤を使用する手術になりますので、直前から生理食塩水を点滴投与します。車いすで手術室まで向かい、手術室にて最終確認を行い、手術台に横になってもらい、麻酔が開始されます。首の血管(内頸静脈)より太い点滴(中心静脈カテーテル)と手首の血管(主に橈骨動脈)より動脈圧ライン(動脈に挿入する点滴)、膀胱留置カテーテルを挿入します。治療自体は1時間程度で終了し(症例により前後します)、麻酔からある程度覚めた後に集中治療室に帰室します。穿刺部(太もも)の圧迫は4時間で、その間は安静が必要となりますが、麻酔からの覚醒が良ければ、手術当日の夕から座って水分等を摂取いただけます。翌日までの経過や各種検査が問題なければ、中心静脈カテーテルや動脈圧ラインや膀胱留置カテーテルを抜去して、歩いて元々いた病室まで戻ってもらいます。術後は抗生剤の点滴と必要であればリハビリテーションを継続し、各種検査で問題なければ1週間程度で退院となります。数%の割合で術後にペースメーカ留置術が必要となりますので、その場合は入院期間が1週間程度延長します。
・術後フォロー
弁膜症の治療は手術後も続きます。TAVI弁はSAVR弁と比較して10年間は遜色ない結果でした。これは10年間は問題ないという意味ではなく、留置直後から弁の不具合が生じる可能性は依然あるのが現状です。そのため定期的な(1年に1回程度の)心エコー図検査や血液検査などでの経過観察が望ましいと言われています。また、中には遅発性の(遅れて症状が出現する)合併症を生じる方もおられます。通院が可能な方は、治療を受けた病院や専門施設でのフォローアップを受けていただくことが望ましいと考えられます。
・その他
大動脈弁の術後は身体障害者1級を取得できます。詳しくは事務にお尋ねください。
合併症
低侵襲化されたTAVIではありますが、心臓の弁の手術になりますので、生じる可能性のある合併症も大きなものから、追加治療を必要とするものまで様々あります。
〇心臓穿孔
カテーテル生体弁を大動脈弁まで誘導する際のワイヤー(針金)や術中に用いる一時的ペースメーカーなどが心臓の壁を貫くこと(穿孔)が稀にあります。その結果、心タンポナーデ(心臓を包む心嚢内に血液や体液がたまり、心臓が拡張不全となりポンプの役割を果たすことができない状態)になるため、心嚢ドレナージ(心嚢内に管を入れて血液を吸引する)や開胸修復術が必要になることがあります。
〇血管損傷(解離、破裂)
手技中にカテーテルもしくはワイヤーなどで血管を損傷することがあります。その際は、血管修復術(ステント内挿術、外科的修復術)、降圧療法が必要となることがあります。
〇大動脈弁破裂
バルーン拡張時もしくは弁留置時に大動脈弁輪部や基部の破裂がごく稀に生じます。緊急の開胸止血手術を要しますが、多くは救命困難となることが多いとされています。
〇冠動脈狭窄、閉塞
カテーテル生体弁留置時に自己弁(自分の弁)が立ち上がることにより、その近くにある冠動脈を狭窄、閉塞させることが稀に生じます。その場合は緊急のカテーテル治療や開胸でのバイパス術が必要となることがあります。
〇不整脈
大動脈弁の近傍に刺激伝導系(心臓の収縮を伝導する神経)があります。カテーテル生体弁留置により、その部位を直接圧迫しますので、心臓の刺激伝導系に障害が生じることがあります。その場合、徐脈(脈がゆっくり)になり、心停止や失神を来す可能性がありますので、永久的ペースメーカの留置が必要となります。
〇弁周囲逆流
大動脈弁自体は楕円形ですが、留置する生体弁は正円系で作成されています。また、大動脈弁輪部には石灰化もありますので、留置した生体弁と自己弁との間に隙間が生じます。その結果、生体弁周囲逆流が生じると、心臓から拍出した血液が戻ってきます。逆流量が多ければバルーンでの拡張を追加したり、追加で生体弁を留置することがあります。
〇僧帽弁の損傷
僧帽弁は左房から左室の間にある逆流防止弁で、大動脈弁のすぐ隣にあります。ワイヤーやカテーテルが僧帽弁やその付属器を損傷することで僧帽弁閉鎖不全症(僧帽弁の逆流)を来すことがあります。追加の心不全加療(薬物治療)や開胸手術やカテーテル治療が必要になることがあります。
〇塞栓症
ワイヤーやカテーテル、生体弁等の異物が血管内に挿入されることにより、血管内や大動脈弁に付着している血栓、コレステロールの塊や空気などが飛散し、それぞれの臓器を栄養する血管を詰めることで、脳梗塞などの臓器障害を生じます。血栓溶解療法、カテーテル治療、薬物加療、リハビリテーションなどの追加治療が必要となることがあります。
〇人工弁留置位置異常
心臓を止めずに生体弁を留置しますので、予定位置よりずれることがあります。留置位置がずれますと、左心室内に脱落したり、弁周囲逆流が増加したり、冠動脈や脳血流を阻害したりすることがあります。開胸手術にて脱落した弁を回収したり、ステントグラフトを使用して脱落弁を大動脈に固定したり、追加の弁を留置することがあります。
〇その他起こりうる危険性
稀ですが、肺炎、胸水貯留、ショック、動静脈瘻、リンパ瘻、薬剤・造影剤アレルギー、腎不全(人工透析)、感染症、異物残存、腸管虚血・壊死、対麻痺、嚥下障害、食道穿孔・潰瘍、呼吸抑制などの合併症が生じることがあります。重篤な合併症が生じることで、致命的な経過になることがあります。
その他
〇TFアプローチ(Trans-femoral approach:経大腿動脈アプローチ)困難例
現在のTAVIはその侵襲度の低さからTFアプローチが基本です。しかし、中には下肢血管に動脈硬化性変化を来し、狭窄や閉塞を伴う症例もあります。当院は下肢動脈・大動脈血管内治療を豊富に経験しているチームです。他院ではTFアプローチが困難とされる症例に対しても、その経験と技術からより低侵襲に治療を行うことが可能です。
〇代替アプローチ(TSc、DA、TA、TCアプローチ)

 ・TScアプローチ(Trans-subclavian approach:経鎖骨下動脈アプローチ):胸鎖筋外側頭上の鎖骨上部を4-5cm切開し、鎖骨下動脈を直接穿刺するアプローチ方法です。下肢動脈や下行大動脈にプラークや石灰化の付着、強い蛇行などがありTFアプローチが困難な際に検討されます。出血や腕神経障害などが生じやすいとされています。

 ・DAアプローチ(Direct-aortic approach:経大動脈アプローチ):胸骨部分切開や右傍胸骨小開胸により上行大動脈を直接穿刺するアプローチ方法です。大動脈弓部にプラークの付着がある場合などで有用です。大動脈弁との距離が近く、操作性は向上しますが、開胸が必要であることや大動脈に直接穿刺する必要があるため合併症が多いとされています。

 ・TAアプローチ(Trans-apical approach:経心尖アプローチ):左第五・第六肋間の乳腺下あたりを小開胸し、心尖部(心臓の一番下の部分)を直接穿刺するアプローチ方法です。他のアプローチが困難な場合に利用されます。大動脈弁との距離が近く、操作性は向上しますが、開胸が必要であることや心臓に直接穿刺する必要があるため合併症が多いとされています。

 ・TCアプローチ(Trans-carotid approach:経頸動脈アプローチ):2010年代後半から臨床応用が始まった比較的新しい代替アプローチ法です。アクセスが困難な症例の最終手段と考えられていましたが、他の代替アプローチと比較して優れている点が多く、TScアプローチよりも脳梗塞の合併を低減できるのではないかとされています(16)。

〇脳塞栓保護デバイス(SENTINEL™ Cerebral Protection System)
TAVI手技中に腕頭動脈と左総頸動脈の入口部に一時的にフィルタを留置することで、弁尖や石灰化病変の組織片、心筋筋組織、血栓等の塞栓物質を捕捉または除去することで、術後の脳卒中リスクを低減できる可能性があります。本製品を使用してTAVIの治療を受けた患者さんは、使用せずにTAVIの治療を受けた患者さんと比較して相対的に、全脳卒中のリスクが21%減少、障害の残る脳卒中のリスクが60%減少したと報告されています(17)。今後のさらなる知見が待たれます。
最期に

TAVI治療はまさに日進月歩であり、日々新しいデバイスや手技等がうまれています。また比較的新しい手術ですので、確たる治療方法は無く、それぞれの病院や手技を行う先生によって様々な考え方があるのが現状です。しかし、実際に病状・併存症・体力・社会的背景・考え方など、誰一人として同じ患者さんはおられません。弁膜症の治療方針は機序診断や定量評価に加え、症例ごとの臨床的な評価を総合して決定される必要があります。

日本でのTAVI術後30日死亡率は1.3%と世界においても屈指の治療成績が得られています(18)。しかしそれに満足することなく、当院では「自分の家族であると考えて診療する」をモットーに、医療者主体で判断するのではなく、それぞれの患者さんに合わせた最良な医療を提供していきます。

参考文献
  1. 日本循環器学会/日本胸部外科学会/日本血管外科学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン 2020年改訂版 弁膜症治療のガイドライン JCS/JATS/JSVS/JSCS 2020 Guideline on the Management of Valvular Heart Disease.
  2. Ross J Jr, Braunwald E. Aortic stenosis. Circulation 1968; 38 Suppl: 61-67. PMID: 4894151.
  3. Iung B, Baron G, Butchart EG, et al. A prospective survey of patients with valvular heart disease in Europe: The Euro Heart Survey on Valvular Heart Disease. Eur Heart J 2003; 24: 1231-1243. PMID: 12831818.
  4. Danielsen R, Aspelund T, Harris TB, et al. The prevalence of aortic stenosis in the elderly in Iceland and predictions for the coming decades: the AGES-Reykjavík study. Int J Cardiol 2014; 176: 916-922. PMID: 25171970.
  5. Cribier A, Eltchaninoff H, Bash A, et al. Percutaneous transcatheter implantation of an aortic valve prosthesis for calcific aortic stenosis: first human case description. Circulation 2002; 106: 3006-3008. PMID: 12473543.
  6. Yamamoto M, Watanabe Y, Tada N, et al. OCEAN-TAVI investigators. Transcatheter aortic valve replacement outcomes in Japan: Optimized CathEter vAlvular iNtervention (OCEAN) Japanese multicenter registry. Cardiovasc Revasc Med 2019; 20: 843-851. PMID: 30553819.
  7. Iung B, Baron G, Butchart EG, et al. A prospective survey of patients with valvular heart disease in Europe: The Euro Heart Survey on Valvular Heart Disease. Eur Heart J 2003; 24: 1231-1243. PMID: 12831818.
  8. Gaetano Thiene, Stefania Rizzo, Cristina Basso, et al. Bicuspid aortic valve: The most frequent and not so benign congenital heart disease. Cardiovasc Pathol. 2024; 70: 107604. PMID: 38253300.
  9. Roberts WC, et al. The congenitally bicuspid aortic valve. A study of 85 autopsy cases. Am J Cardiol. 1970; 26: 72-83. PMID: 5427836.
  10. Roberts WC, Ko JM. Frequency by decades of unicuspid, bicuspid, and tricuspid aortic valves in adults having isolated aortic valve replacement for aortic stenosis, with or without associated aortic regurgitation. Circulation 2005; 111: 920-925. PMID: 15710758.
  11. Horstkotte D, Loogen F. The natural history of aortic valve stenosis. Eur Heart J 1988; 9 Suppl: 57-64. PMID: 3042404.
  12. Taniguchi T, Morimoto T, Shiomi H, et al. CURRENT AS Registry Investigators. Initial Surgical Versus Conservative Strategies in Patients With Asymptomatic Severe Aortic Stenosis. J Am Coll Cardiol 2015; 66: 2827-2838. PMID: 26477634.
  13. Dweck MR, Boon NA, Newby DE. Calcific aortic stenosis: a disease of the valve and the myocardium. J Am Coll Cardiol 2012; 60: 1854-1863. PMID: 23062541.
  14. Saito S, Tsukui H, Iwasa S, et al. Bileaflet mechanical valve replacement: an assessment of outcomes with 30 years of follow-up. Interact Cardiovasc Thorac Surg 2016; 23: 599-607. PMID: 27341829.
  15. Bourguignon T, Bouquiaux-Stablo AL, Candolfi P, et al. Very longterm outcomes of the Carpentier-Edwards Perimount valve in aortic position. Ann Thorac Surg 2015; 99: 831-837. PMID: 25583467.
  16. Keith B Allen, Daniel Watson, Amit N Vora, et al. Transcarotid versus transaxillary access for transcatheter aortic valve replacement with a self-expanding valve: A propensity-matched analysis. JTCVS Tech. 2023;21:45–55. PMID: 37854813.
  17. Samir R Kapadia, Raj Makkar, Martin Leon, et al. Cerebral Embolic Protection during Transcatheter Aortic-Valve Replacement. N Engl J Med. 2022. PMID: 36121045.
  18. Watanabe Y, et al : JTVT annual report 2023, 13th JTVT(Japan Trans-catheter Valve Therapies)Tokyo, 2023-07.

医師の方へ

当院の特色

基本的な症例
当院では治療の安全性や確実性を上昇させるために、ほぼ全例を全身麻酔下にて施行しております。侵襲度の一番少ないTFアプローチ(Trans-femoral approach:経大腿動脈アプローチ)を利用し、中心静脈カテーテル・動脈圧ライン・一時的ペースメーカを留置して、経食道心エコーを挿入し手術を開始します。TAVI弁留置用のシースは最小でも6mmの外径はありますので、止血補助デバイス(Perclose ProStyleTM)を併用します。脊椎や肋骨などから事前に撮像したCT画像とfusion(同期)し、造影で誤差を修正します。続いてワイヤーにて大動脈弁を逆行性に通過させ、デバイスデリバリーのガイドとします。ワイヤー伝いにバルーンにて大動脈弁の前拡張を行った後に、細く折りたたまれたTAVI弁を大動脈弁の適切な位置に持っていき、それを展開することで留置します。バルーン拡張時や弁留置時には自己心拍がある状態では不安定となりますので、一時的ペースメーカを使用してrapid pacing(心拍数160-200bpmほどに設定し、VTに近い状況で心拍出量を低下させる)やcontrol pacing(心拍数120-140bpm程度に設定し、心拍数を一定にし期外収縮等が入りにくい状況にする)下に施行します。適宜経食道心エコーを確認し、適切な弁留置ができているかや合併症が生じていないかなどを確認します。弁周囲逆流が残存している場合、必要であれば後拡張を追加します。治療が終了したらカテーテルは体外に抜去し、術終了とします。
肺機能の低下例(COPDや間質性肺炎など)
麻酔科と協議を行い、全身麻酔が困難と判断された場合は局所麻酔下でTAVIを施行します。浅鎮静(舌根沈下しない程度にうとうとした状態)に局所麻酔を併用します。基本的には疼痛はほとんどなく、呼吸器に伴う合併症がないことが特徴となります。メリットは術後の覚醒が早いこと、脳梗塞などの合併症の早期発見が可能であること、術後せん妄になりにくいなどがあげられます。デメリットとしては、治療中に体が動いてしまい予期せぬ合併症が増加したり、術中の評価が不十分(経食道心エコーを併用できないため)となる可能性があります。
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