東日本大震災被災地医療支援活動について①

2011.08.04

内科医師の林です。
平成23年4月10日~13日 宮城県仙台市若林地区での
医療支援活動についてご報告します。

(関西ろうさい病院医療支援チーム)
私達、関西労災チームが避難所の巡回診療を行ったのは、仙台市の若林区です。
4月11日現在、避難所は17カ所、避難者数は1559人に上りました。

(全国の自治体から派遣された保健師と朝のミーティング風景)
若林区の被害状況は仙台有料道路を境に
内陸と沿岸部でかなり差があります。

(壊滅した仙台市若林区の沿岸部)
土手に作られた仙台東部有料道路が堤防となり、
津波を遮った事が後の復興に大きな違いとなって現れます。
東部有料道路の内陸は通行禁止となっており、
立ち入り禁止区域となっており、
沿岸部には瓦礫以外に全く構造物が残っていません。
住宅は基礎と土台だけを残し根こそぎ流されている状況です。

(壊滅的な被害を受けた仙台市若林地区沿岸部)
一方内陸部では半壊家屋は少なく、
我々が派遣された1カ月の間にかなり復興が進み、
ライフラインは回復して日常が戻りつつありました。
つまり我々は、復興の早い地域では
部活をしている学生達の合間をぬって、
避難所に巡回診療に行く事もあるわけです。
このように仙台の避難所は、被災環境の特異性から復興が早く、
派遣された時には、危急時の医療支援から
避難者の生活の自立支援のステージへと移ってきているように思えました。
動ける者、元気な者は、日常を再開させており、
しっかりと復興に向け歩き出しています。
寧ろ我々が避難所で最も対峙しなければいけなかった患者は、
急激な復興から取り残されつつある情報弱者であったように思います。

(夜間診療を行った若林体育館)
現地では、阪神大震災の教訓が生かされており
様々な支援を被災者は受ける事ができます。
お薬手帳があれば、無料で処方されるし、
被災証明を受ければ無利子で10万円の融資を受けられます。
それが当座の生活費となるわけです。
後で義援金が配分された時に返せば問題にならなりません。
しかしこのような情報を保健師らが、
避難所内で何度も周知徹底させても、
必ず伝わらない人々がいます。
主に高齢で、健康に問題を抱えている被災者の一部は、
避難所での生活が精一杯であり、
殆どのこの手のたぐいのサービスを受けてはいません。

避難所で出会った80歳代の老夫婦の言葉が気になります。
「もう疲れました。田畑もぜんぶ塩に浸かり、家も流された。
 老夫婦じゃ何もする気になりません。どうすればいいですか?」

多くの時間が残されていない者にとって震災が意味する事が、
若年者より大きくなる事は現実の惨さです。
大震災を人生のどのステージで遭遇するかは決める事はできません。
校庭で楽しそうに遊んでいる子供の傍で、
日の名残を途方に暮れ過ごす者もいます。

(使える場所ならどこでも診療所を展開)
避難所では、巡回診療、避難所の公衆衛生管理、
リハビリ、薬相談色々させていただきました。
被災1ヶ月後ライフラインや現地医療機関が再開している地域で、
災害派遣医療チームが出来る事は多くはありませんが、
被災者に寄り添うだけではなく、
阪神大震災を経験した地域のチームとして、
復興のための動機づけが出来るように短い診療時間でも努めました。

少しの力にもなれなかったが、
これからも違うかたちでの支援は続けて行こうと思っています。
被災した地域の復興を願ってやみません!!


(避難所に寄せられている様々な応援メッセージ)
                
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