病院沿革

当院は、尼崎市の西北部、国立公園六甲山を仰ぐ風光明媚な武庫川沿いに位置し、阪神間における急性期高度医療を提供する中核病院として、勤労者医療と地域医療の推進に積極的に取り組んでいます。
特に、当院が所在する尼崎市は、人口46万人余りを有する大都市でありながら市民病院がないことから、市民が健康管理面において当院へ寄せる期待は殊のほか大きく、「地域に生き、社会の要請に応える病院」として、その存在意義は高く評価されているところです。

昭和25年 尼崎市が中心となり兵庫県、尼崎市商工会議所等と共同して、阪神間50万都市である尼崎市を支える多数の労働者の健康管理と福祉の増進を図るため、関西労災病院の設置を労働省(現 厚生労働省)に対して強く要望 し、労働省が現地調査をするなどあらゆる検討を行った結果、設置することを決定する。
昭和26年11月 尼崎市の協力で33,212m2の土地提供を受け、労働省所管の政府出資による最初の労災病院として着工する。
昭和28年1月 内科、外科、整形外科、理学診療科の4診療科、病床数50床をもって診療を開始する。(当初は(財)労災協会が運営)
昭和28年8月 眼科、耳鼻咽喉科、神経科、皮膚泌尿器科、歯科の5診療科を新設し、病床数を100床に増床する。
昭和31年4月 当初計画の病床数548床に増床する。
昭和32年7月 労働福祉事業団の設立に伴ない、運営を労災協会から移管する。
その後、勤労者の医療ニーズに積極的に応えるため、産婦人科、小児科、麻酔科、脳神経外科、放射線科、形成外科の新設、皮膚科、泌尿器科の分科、検査科の独立など診療体制の整備を行う。
昭和35年3月 総合病院の承認を得ると共に、本館、手術棟、看護婦寮などを拡充するため増改築工事に着手する。
昭和40年3月 第1期工事として5階建て東西病棟の東棟が完成する。
昭和42年1月 第2期工事として西棟が完成し、近代的病院にふさわしい装いを整える。
昭和43年10月 結核病床50床、精神病床14床を増床し、病床数612床となる。
昭和45年4月 付属施設として医療検査大学校を開校する。
昭和48年3月 重症治療部(ICU)を開設する。
病床数を8床増床し、620床となる。
昭和48年4月 付属施設として関西労災高等看護学院(定時制進学課程)を開校する。
その後、関西労災看護専門学校に名称を変更する。
昭和52年4月 リニアック棟竣工に伴い、リニアック治療、リモートアフターローダー(体腔内治療装置)を含む放射線治療部を開設する。
昭和54年4月 X線CTスキャナーを導入する。
昭和56年8月 心臓血管外科を新設する。
昭和57年7月 付属施設として健康診断センターを開設すると共に、手術部、中央材料部、放射線部、検査部及び薬剤部などの拡充整備を図る。
昭和58年4月 一般病床66床を増床、結核病床30床を減床し、病床数656床となる。
昭和58年12月 病棟改修に伴い10床増床し、病床数666床となる。
昭和59年4月 医師の卒後教育のため、厚生省の臨床研修病院の指定を受ける。
昭和59年5月 病棟改修に伴い4床増床し、病床数670床となる。
昭和60年6月 精神科を新設し18診療科となる。
昭和62年3月 医療検査大学校を閉校する。
昭和62年4月 神経科の標榜を神経内科に変更する。
昭和63年4月 磁気共鳴装置(MRI-CT)を設置する。
平成3年4月 13年計画の増改築工事を開始する。
平成5年3月 関西労災看護専門学校の増改築工事が竣工する。
平成6年1月 体外衝撃波結石破砕装置(ESWL)を設置する。
平成7年1月 阪神大震災発生。病院本体への被害は思いの他少なく、関係機関の協力と応援を得て診療を継続する。
平成8年7月 兵庫県からエイズ拠点病院の指定を受ける。
平成8年10月 病床の種別変更により結核病床20床、精神病床14床を変更し、一般病床670床となる。
第1期工事が竣工し南棟(9階建て)が完成する。
平成10年1月 専門センターとして勤労者メンタルヘルスセンターを開設する。
平成10年4月 循環器科を標榜し19診療科となる。
平成11年10月 勤労者医療を推進するため、勤労者医療推進室を開設する。
平成11年12月 勤労者メンタルヘルスを推進するため、勤労者心の電話相談室を開設する。
平成12年3月 第2期工事が竣工し北棟(10階建て)が完成する。
平成13年1月 神経・精神科の標榜を心療内科・精神科に変更する。
平成14年1月 医療情報部を開設する。
平成14年4月 歯科の標榜を歯科口腔外科に変更する。
外来棟が完成する。
平成14年6月 救急部を開設する。
管理棟の西側部分が完成する。
平成15年11月 病院エントランス部分と管理棟の東側部分が完成する。
平成16年3月 13年に及ぶ増改築工事が竣工(ホスピタルパーク含む)。
平成16年4月 『労働福祉事業団』から『独立行政法人労働者健康福祉機構』へ組織改編。
平成16年9月 (財)日本医療機能評価機構が実施する病院機能評価の認定(ver.4,0)を取得する。
平成16年10月 病院創立50周年記念式典を実施。
増加する化学物質による疾患への対応として化学物質過敏症診療科を新設。
平成16年11月 ガンマナイフ(定位放射線治療装置)を導入(同年12月より治療開始)。
平成17年4月 早川前院長に替わり奥院長が病院長に就任する。
JR福知山線脱線事故の被害者に対するメンタルヘルス電話相談を開始。
平成17年6月 南6階病棟(一般病棟)を回復期リハビリテーション病棟(52床)へ改装(同年8月稼働)。平成19年より南7階に移動。
平成17年9月 アスベスト疾患センターを設置。
エキシマレーザーによる冠動脈形成術(高度先進医療)をスタート。
平成17年11月 結石破砕装置を新機種(ドルニエリソトリプターD)へ更新。
平成18年4月 放射線科の組織を改編、放射線診断部、放射線治療部、核医学診断部を分離独立させる。
外科の組織を改編、消化器外科、乳腺外科を分離独立させる。
平成18年7月 DPC(診断群別定額払い方式)を導入。
緩和ケア対象病床を8床から18床とする。
平成19年1月 地域がん診療連携拠点病院に指定される。
平成19年2月 PET-CT(ポジトロン断層撮影装置)を導入。
平成19年6月 心臓血管センター(CCU8床を含む)を設置。
(総病床数は670床から642床となる。)
平成20年10月 緩和ケア外科を正式標榜
平成21年6月 (財)日本医療機能評価機構が実施する病院機能評価の認定(ver.5.0)を更新する。
平成21年12月 地域医療支援病院に承認される。
平成22年3月 地域がん診療連携拠点病院に指定更新される。
平成22年4月 奥前院長に代わり林院長が病院長に就任する。
CT320列装置、MRI3.0テスラ導入。
平成22年5月 電子カルテシステム導入。
平成23年1月 消化器外科を正式標榜
平成23年3月 手術室4室増改築し、計13室体制を構築
平成23年4月 乳腺外科、消化器内科、循環器内科を正式標榜
医療連携総合センター開設
平成23年9月 頭頸部外科を正式標榜
平成23年11月 外来化学療法室を移設・拡充(13床→20床)
平成24年2月 内視鏡センターを設置
平成24年7月 放射線診断科、放射線治療科を正式標傍
平成25年6月 超音波ガイド下処置室設置
開院60周年記念式典開式
平成25年8月 多目的アンギオ室増設(アンギオ室2室→3室)
平成26年2月 (公財)日本医療機能評価機構が実施する病院機能評価の認定(3rdG:Ver.1.0)を更新する
平成26年3月 がんセンター棟竣工
IMRT(強度変調放射線治療)を導入
平成26年4月 病理診断科正式標榜
平成26年10月 術前センター開設
平成26年11月 da Vinci(手術支援ロボット)を導入
平成26年12月 P-CCU病棟(12床)をHCU病棟(12床)へ変更
平成27年1月 中央処置センター開設
平成27年3月 IMRT(強度変調放射線治療)2台目を導入
平成27年9月 呼吸器外科を正式標榜
平成28年1月 ハイブリッド手術室設置
平成28年4月 『独立行政法人労働者健康福祉機構』から『独立行政法人労働者健康安全機構』へ組織改編。
平成29年2月 ガンマナイフ更新
平成29年5月 電子カルテシステム更新

以上のとおり、当院は時代の変遷に伴う労働態様や職場環境の変化、勤労者の疾病構造の変化等に迅速且つ的確に対応するため、診療体制の整備と施設・設備の拡充を図りながら勤労者医療を積極的に推進すると共に、当院の有する最新且つ高度な医療を広く地域住民に提供し、阪神間の急性期高度医療拠点病院としての役割を果たすように努力しているところです。

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