乳腺外科

乳がんの基礎知識

乳腺の構造と乳がんの関係

乳房の構造

乳房は、乳腺組織と、乳腺を支える結合組織、脂肪組織から構成されています。そして、乳腺組織は、乳汁を作る小葉と、乳汁を乳頭まで運ぶ乳管から構成されます。乳がんは、小葉または乳管にある細胞から発生します。がん細胞が小葉や乳管内にとどまっている段階であれば非浸潤がん、小葉や乳管の外に出てくると浸潤がんといいます。

乳がんのリスク因子

まず、エストロゲンという女性ホルモンとの関連があげられます。エストロゲンの刺激を受ける機会が長くなる原因として、初潮が早い、閉経が遅い、出産や授乳経験がないことなどがあります。また、女性ホルモン補充療法や経口避妊薬の使用もリスクとなります。生活習慣に関しては、肥満、アルコール、喫煙などがリスクとして知られています。遺伝との関連も報告されており、例えばBRCA1/2遺伝子に生まれつき変異を持っている方は、乳がんや卵巣がんの発症リスクが高くなることが分かっています。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)とは

HBOCとは、遺伝子に生まれつき変異があることにより、一般の人より乳がんや卵巣がんになりやすくなる遺伝性の疾患です。代表的な原因遺伝子として、BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子があります。遺伝子は、私たちの体を作る細胞の設計図の役割をしていますが、BRCA1/2遺伝子は、何らかの原因で傷ついた遺伝子を正常な状態に修復する役割があり、生まれつき変異があると、大人になる過程でこの機能が失われることがあり、乳がんや卵巣がんを発症します。こうした変異は、親から子供に2分の1の確率で、男性でも女性でも伝わります。変異を受け継いでも必ず乳がんや卵巣がんになるわけではありませんが、例えば乳がんの生涯発症リスクは約70%程度といわれています。現在、乳がんに罹患する女性は、年間10万人と推計されますが、そのうちの4%がBRCA1/2 遺伝子変異に起因する乳がんといわれています。

BRCA遺伝学的検査の保険診療

BRCA1/2遺伝子に変異があるかどうかを調べる検査を遺伝学的検査といいます。
乳がんを既に発症し、以下の項目に当てはまる方は保険適応となります。

  • 45歳以下の発症
  • 60歳以下でトリプルネガティブ乳がんを発症
    (ホルモン受容体もHER2タンパク質も存在しないタイプの乳がん)
  • 2個以上の原発乳がんを発症(両側の乳がん発症など)
  • 第3度近親者内に乳がんまたは卵巣がん発症者がいる
  • 男性の乳がん

 

他には、BRCA1/2遺伝子に変異がある場合に有効な治療薬であるPARP阻害薬のコンパニオン診断(治療の適応を決めるための検査)として適応となる場合があります。

  • HER2陰性の高リスク早期乳がんに対する術後補助療法
  • HER2陰性の手術不能または再発乳がんに対する治療

BRCA1/2遺伝子に変異がある場合、将来的に反対側の乳房や卵巣にもがんができることが心配されます。そのため、定期的に検診を受けたり、まだがんを発症していない反対側の乳房や卵巣を、手術で予防的に切除する場合もあります。一方で遺伝子変異の有無について知ることは、自分自身だけでなく家族や親戚にも影響を及ぼす大変デリケートな問題です。気になる方は、乳腺外来を受診し主治医によく相談することをお勧めいたします。

乳がんに伴う自覚症状と自己検診・乳がん検診

乳がんの自覚症状として、乳房のしこり、乳頭からの血性分泌や乳頭皮膚のただれ、皮膚のひきつれやえくぼのような皮膚のくぼみなどがあります。一方、乳房の痛みは、乳腺症などの良性の症状であることが大半ですが、乳がんに伴う症状の場合もあります。自己検診(乳房のセルフチェック)を行い、症状があった場合は、乳腺専門医の診察を受けることをお勧めします。また、乳がんは自覚症状を伴わないことも多いため、定期的に乳がん検診を受けることも重要です。

セルフチェック

診療の流れ

はじめに

当院は乳がんと診断がついた方が受診されるケースが多いのですが、初めて乳腺科を受診する方や乳がん検診で要精密検査となり受診される方もいらっしゃいます。一般的な診療の流れを説明します。

①問診

問診表をお渡しして、自覚症状、持病や内服薬、アレルギーの有無、月経の状況、妊娠の有無、家族歴(特にがんによるもの)などの質問にお答えいただきます。

②視触診

乳房の状態を観察し、手で乳房やわきのリンパ節の状態を検査します。

③マンモグラフィ
  

マンモグラフィ乳房を圧迫版という板で挟んだ状態でX線撮影を行います。痛みを伴うことがありますが、圧迫することで診断しやすい写真が撮影でき、かつ被ばく量も減らすことができます。妊娠中の方は撮影できませんので、妊娠の可能性がある場合は必ず申告してください。また当院では、トモシンセシスというマンモグラフィの3D版とされる撮影も可能です。

④乳房超音波検査(エコー検査)

乳房にプローブ(超音波が出る装置)を当てることで、乳房内のしこりなどの病変が画像として描出されます。

⑤細胞診や組織診(針生検、吸引式組織生検)

画像診断で良性か悪性の区別が必要と判断した病変や、がんを疑った場合に行います。通常は超音波検査でしこりを確認しながら行います。 細胞診は細い針で行いますので、麻酔が不要で体への負担が少なく、短時間で終わる検査です。組織診は、細胞診よりも診断の正確さに優れた検査ですが、細胞診よりも太い針を使用しますので、局所麻酔が必要です。また、入院の必要はありませんが、出血などの合併症のリスクがあります。採取した検体は、顕微鏡検査(病理検査)を行い、約1週間程度で診断されます。
マンモグラフィでしか見えない病変(石灰化など)については、マンモグラフィを見ながら針を刺す検査(ステレオマンモトーム生検)も行っています。

⑥結果説明

①~⑤までの流れで、多くの場合は診断が可能です。当院は①~⑤までの検査(ステレオマンモトーム生検を除く)は、通常初診日にすべて行いますので、次の診察日には診断結果を説明し、通院負担を軽減するようにしています(当日の勤務状況や混雑状況などにより難しい場合があります)。こうした検査をしても診断がつかない病変もありますので、その場合はMRI検査や外科的生検(手術)が必要になる場合があります。

乳がんと診断されたら

治療方針の決定

MRI検査で乳房内のがんの広がりを調べたり、CT検査やPET検査などで全身の転移の有無をチェックし進行度(ステージ)を判断します。また、がんの顕微鏡検査(病理検査)で得られた情報(ホルモン受容体、HER2タンパク、Ki67など)も考慮し、適切な治療方針を決定します。

手術療法

乳がんの手術法には、乳房温存術(乳房部分切除術)と乳房全切除術があります。
乳房温存術を行うには、しこりの大きさが小さい(目安3cm以下)などの条件があります。また、術後に5~6週間にわたり外来で放射線療法が必要です。乳房温存術が適応でない方、もしくは希望されない方には、乳房全切除術を行います。形成外科と連携して乳房再建術を行うことも可能です。
乳がんはわき(腋窩)のリンパ節に転移しやすいとされ、わき(腋窩)のリンパ節の状態によって、センチネルリンパ節生検もしくは、腋窩リンパ節郭清を行います。腋窩リンパ節郭清を行った場合、後遺症としてリンパ浮腫が起こることがあります。
手術は全身麻酔で、1.5~2時間程度です。翌日から、歩行や食事が可能となります。退院後の日常生活は、手術前とほぼ同様に行えます。

乳房温存術 乳房切除術
麻酔 全身麻酔
手術方法 がんを含めた乳腺の一部を切除。 乳房を全て切除。
乳房再建を行うことも可能です。
術前に、わきのリンパ節転移がないと診断した場合、センチネルリンパ節生検を行います。
明らかにリンパ節転移がある場合は、腋窩リンパ節郭清を行います。
センチネルリンパ節生検で手術中に転移が判明した場合は、腋窩リンパ節郭清に切りかえることが一般的ですが、省略できる場合もあります。
放射線療法 残した乳房に通常25~30回の治療を行います。(約5~6週間、外来通院)
約3週で終了する寡分割照射も導入しています。
リンパ節転移の状況により行います。
薬物療法 主に再発予防を目的として、ホルモン剤、抗がん剤、免疫療法、分子標的薬(抗HER2薬、CDK4/6阻害薬、PARP阻害薬など)を使用します。手術の方法により、必要な薬物療法が変わることはありません。
治療成績 手術の方法によって、生存率に差はありません。
ただし、乳房温存術では残した乳房に再発することがあり、再手術が必要となることがあります。

薬物療法

ホルモン剤、抗がん剤、免疫療法、分子標的薬(抗HER2薬、CDK4/6阻害薬、PARP阻害薬など)が代表的なお薬です。手術をする患者さんで必要な方には、手術前(術前薬物治療)、手術後(術後薬物治療)、または両方で行います。
薬物療法の主な目的は、どこかに潜んでいるかもしれない微小転移を根絶し、乳がんの再発を予防することです。術前薬物治療の場合、しこりが小さくなり乳房温存術ができるようになる場合があります。また、しこりが小さくなるかどうか治療効果を見ることができ、効果不良例には術後に追加治療を行い、治療効果を高める場合があります。当院では、こうした“レスポンスガイドセラピー”といわれる治療を積極的に取り入れています。もし、再発して遠隔転移がある場合については、がんの進行を抑えて寿命の延長を図り、症状を和らげてQOL(生活の質)を保つ目的で治療を行います。

放射線療法

乳房温存術の場合、残した乳房に放射線治療を行い、乳房内の再発を予防します。乳房全切除術の場合は、リンパ節転移があり再発リスクが高いときは、胸壁やリンパ節の領域に放射線治療を行い、再発を予防します。放射線の影響で、皮膚が日焼けしたようになりますが、終了後徐々に改善してきます。脱毛や吐き気などの副作用は通常ありません。

科学的根拠(エビデンス)に基づいた治療と新しい治療法の開発(臨床試験)

乳がんの治療は、科学的根拠(エビンデス)に基づいた標準治療を行う必要があります。これは、現在利用できる最良の治療を意味しており、当然多くの人がその治療を受けますので、標準治療といいます。
当院でも、まずはエビデンスに基づいた標準治療を提示しています。また、当院は乳がん専門病院として、関西や日本における乳がん治療を専門とする病院により構成される組織で行われている臨床試験などに積極的に参加しています。当院が参加している臨床試験の対象となる患者さんには、その説明を行っています。

地域連携の積極的な活用(術後のフォロ-アップ)

地域連携とは、専門的治療はがん拠点病院(当院)で行い、日常診療はかかりつけ医(お近くの乳腺専門クリニック)に診てもらうことです。患者さんは、二人の主治医を持つことになり、医師は相互に情報交換を行います。乳がんの術後フォロ-アップは、一般的に10年は必要とされており長期に及びます。かかりつけ医では、定期検診やホルモン剤の処方を行うことで、長い待ち時間や通院時間が短縮されます。
当院では、専門的な検査や手術・抗がん剤治療・放射線治療に対応することで、安心で質の高い医療を受けることができます。当院は、この取り組みを非常に大切にしており、積極的に取り入れています。

仕事との両立支援

乳がんは、40歳ぐらいの若い世代からも多く発生するため、就労している女性も多い疾患です。仕事をうまく継続しながら治療を行えるように、両立支援コーディネーターと連携し、就労支援に積極的に取り組んでいます。

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乳がんの罹患率やがん統計など乳がんの動向から、食生活・生活習慣・遺伝などの乳がんリスク、また乳がん検診や治療方法(手術・薬物治療、放射線治療など)、さらに治療と仕事との両立支援などについても説明しています。

現乳腺外科部長 大島 一輝(役職名は制作当時のものです。)

リンパ浮腫に対する運動療法、弾性着衣などについて上肢と下肢、それぞれご紹介しています。

診療実績

手術件数(2022年度)
手術の内訳 件数
乳房全切除術 136
 (腋窩リンパ節郭清あり) (33)
 (同時再建術あり) (16)
乳房温存術 66
 (腋窩リンパ節郭清あり) (2)
その他の乳がん手術(腋窩リンパ節郭清のみなど) 3
乳がん手術の合計 205
乳腺良性腫瘍手術 35
その他(乳腺疾患以外など) 7
全手術の合計 247
               
手術件数推移

手術件数推移


外科・消化器外科・乳腺外科 外来担当表

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