呼吸器外科

早期がんはロボット手術で、進行がんは抗がん剤と免疫治療で

当科の特色と対象疾患

呼吸器疾患は喫煙、大気汚染のほか、アスベストや粉塵の曝露など職業との関わりが強いと言われています。呼吸器外科ではとくに阪神南医療圏で働く方々の原発性肺がん、悪性中皮腫、縦隔腫瘍といった胸部悪性腫瘍を中心に診療しており、気管支鏡や胸腔鏡生検による診断、手術治療から分子標的治療を含む抗がん化学療法のほか、ロボットによる低侵襲手術や免疫療法まで同じ担当医が一貫した診療を行っています。

また放射線治療医、病理診断医など、肺がん診療を専門とする各分野の医師を交えた定期的な検討会を主催し、内外のガイドラインだけでなく常に各分野の最新の知見と連携に基づき、患者ひとりひとりの病態に応じて個別化された診療を提供しています。

肺がんの手術はほぼ全例に胸腔鏡を使用し、傷が小さく手術時間も短い低侵襲手術をこころがけており、低肺機能や高齢者など、従来では手術の難しかった患者さんであっても手術が可能になったばかりではなく、入院期間の短縮や早期の社会復帰を可能にしています。

またアスベスト曝露により発症すると言われている治療の難しい悪性胸膜中皮腫に対する診断、化学療法や胸膜外肺全摘術、胸膜切除/肺剥皮術など難易度の高い外科治療にも、尼崎地域における「労災病院」の使命として積極的に取り組んでいます。当科での悪性中皮腫手術症例のうち、最長の無再発生存例は66ヶ月を越えています(2020年7月現在)。

図1.悪性胸膜中皮腫の臨床画像

A:当科で手術を受けた患者の肺に見られた石綿小体
B:悪性中皮腫患者のPET画像(右胸膜全体に肥厚が見られる)
C:胸膜切除/肺剥皮術(臓側および壁側の全胸膜切除)の術中写真

さらなる低侵襲手術への挑戦 〜da Vinci(ダヴィンチ、ダヴィンチ)によるロボット支援下手術〜

当科ではいままで多くの手術で胸腔鏡を用いた身体の負担の小さな手術を行ってきましたが、2018年9月からはさらに低侵襲で精密な手術を行うため、da Vinci Surgical System(ダヴィンチ サージカルシステム)によるロボット支援下手術を開始しました。現在、保険診療下で肺がんと、胸腺腫縦隔腫瘍の手術を行っています。

ダヴィンチXi

図2.当科で使用中のダヴィンチXi

da Vinci Xiをセットアップする当科医師

図3.ダヴィンチXiをセットアップする当科医師

ダヴィンチによる精密な手術操作

図4.7つの関節をもつロボットアームと高倍率3D内視鏡を用いたダヴィンチによる精密な手術操作

手術の様子

図5.A.当科でのダヴィンチによる肺がん手術の創部 (4〜6ヶ所の穴のみで手術を行います)、
B. 縦隔腫瘍(胸骨剣状突起下アプローチ)の創部

ダヴィンチの特徴 〜 精緻な操作が要求される胸部外科領域では患者が受けるメリットは大きい

ロボット工学を利用したダヴィンチ手術では、従来の胸腔鏡手術に比べて様々なメリットがあります。狭くて深い胸腔内部での緻密な手術操作には、ダヴィンチの拡大視と多関節鉗子による精緻な操作性が最大限活かされるものと考えます。当科では2020年度の全手術症例236例のうち約3分の1である69例にロボット手術を行っています。

表1.ダヴィンチ手術と通常の胸腔鏡手術の違い


ダヴィンチ手術 通常の胸腔鏡手術
視覚 ズーム 最大14倍ズーム(光学10倍、電子1.4倍) 約1.8〜2.0倍
カメラぶれ 手ぶれがない 助手が操作するのでぶれる
立体視 双眼鏡のような3Dスコープによる立体視 2D(機種によりモニター上で立体視可能)
鉗子操作 自由度 7つの関節を持ち人間の手より自由度が高い 多関節でなく動きにかなり制限
手ぶれ補正 拡大視下でも手ぶれは補正される 拡大視下ではむしろ手ぶれが増幅されることも
スケーリング 手元で3cm動かすと体内で1cm動く 手元で1cm動かすと体内でそれ以上動くことも
操作性 開胸手術に近い直感的な操作 独特の慣れが必要
触覚 触覚が分からない 限定的だが触覚がある
到達性 通常の胸腔鏡が届かない部位にも届く 開胸よりは届くが、ロボットより届かない
臨床的特性 皮膚切開 小さい 小さい
手術時間 長い(慣れてくると短くなる) 長い(慣れてくると短くなる)
痛み 少ない 少ない
回復時間 早い 早い
感染 まれ まれ
出血 まれ まれ
適応疾患 現在、肺がん(肺葉切除術以上)と縦隔腫瘍のみ ほぼ全ての疾患
費用 ロボット手術の方が高額だが、現在、保険診療下ではロボット手術は胸腔鏡手術と同額

充実したダヴィンチによる診療実績と、ロボット支援下手術指導医(プロクター)による指導体制

ロボット手術は新しい技術で、まだ日本でも習熟した外科医が多いとは言えません。当科では2018年9月に1例目を施行して以後、短時間かつ安全に手術を終えており、2018年12月からは一日に2件のロボット手術を行っています。すでに完全内臓逆位やChild B肝硬変による腹水合併例、残肺葉切除、肺門部放射線治療後など難易度の高い症例にも安全に手術を行った実績があります。2023年4月現在、肺がん、縦隔腫瘍を併せてすでに300例を超える豊富な手術経験があります。ロボット手術の術後平均在院日数は4.7日で、2022年8月までに行った肺がん手術203例の平均コンソール時間は96分でした。

当科初期連続17症例の実際の手術時間
図6.当科初期連続20症例の実際の手術時間(コンソール時間=ロボットを操作している時間)

また当科では日本呼吸器外科学会および日本内視鏡外科学会によって日本で20番目に認定された「ロボット手術指導医(プロクター)」が常勤し、その指導のもとに質の高い手術を担保しつつ、若手執刀医の育成も行っています。当科からは2023年4月現在、新進気鋭の30代若手プロクター2名を含む3名のロボット手術指導医(プロクター)を輩出しており、高い技術と指導力は対外的にも高く評価されています。また岩田および戸田は日本ロボット外科学会が認定するRobo Doc Pilot国内A級ライセンスを取得しており、インテュイティブサージカル社が委託してこれからロボット手術を開始する外科医に執刀ライセンスを発行するロボット手術メンターにも本邦では13施設目に認定されています。また新しくロボット手術を始める医師は必ずメンター施設のライセンスを受け、「ロボット手術指導医(プロクター)」による指導を受けることが学会のガイドラインで義務づけられているため、当科でも県内外の4つの大学病院や大型医療センターなど他施設への40件以上の手術指導のほか、これからロボット手術を始める外科医や手術スタッフの見学受け入れなども随時行っています。

関連学会が認定するロボット手術指導医(プロクター)のリスト

日本呼吸器外科学会

日本内視鏡外科学会

日本ロボット外科学会認定医(Robo Doc Pilot)

ロボット手術導入に関する学会ガイドライン

日本呼吸器外科学会

診療実績

全身麻酔による呼吸器外科手術症例数の年次推移

診療実績
図7.当科全身麻酔下手術症例数の年次推移

当院では2009年4月より呼吸器外科専門医による診療が開始されました。2012年4月以降、呼吸器内科常勤医師が撤退したため呼吸器疾患全体での診療内容の縮小や手術症例数の減少を見ましたが、2013年以後、開院以来最高の手術症例数を更新しています。関係各部門の方々、地域で連携していただいている開業医の皆様、ならびに患者さんとご家族のご協力とご支援に感謝します。

当科における抗がん化学療法(免疫治療含む)とのべ患者数の年次推移

診療実績
図8.当科における抗がん化学療法と免疫療法ののべ患者数の年次推移

2012年7月からは抗がん化学療法(分子標的治療を含む)を開始し、現在までのべ640名を超える患者さんに治療を行っています。また免疫チェックポイント阻害剤による免疫療法は2022年12月までにのべ211名の患者さんに行っています。各治療ごとの成績も国内承認時の各臨床試験データに比べて奏効率、無増悪生存期間、全生存期間ともに同等かそれ以上に上回っており(表2)、抗がん化学療法に関しても他施設に劣らない優れた治療を行っております。

表2.当院の4期非小細胞肺がんに対する免疫化学療法の成績(2018年〜2022年5月導入例)


n
ORR (%) mPFS (m) mOS (m)
Study Our result Study Our result Study Our result
Checkmate 9LA 16 38 44 6.7 13.4 15.6 NR
IMPower 150 13 55 85 8.3 13.8 19.2 18.8
Keynote 189/407 17 48 71 8.6/6.4 17.7 NR/15.9 NR

NR: not reached (2022.6現在)

ORR(overall response rate):全奏効率(効果のあった患者さんの割合)
mPFS(median progression-free survival):無増悪生存期間中央値(がんの進行がみられなかった期間の中央値)
mOS(median overall survival):生存期間中央値(がん以外の死因を含む生存期間の中央値)
m:月
n:患者数
「中央値」は一番短い患者から一番長い患者まで100人並べた場合、50番目の人の値です。
Checkmate 9LA、IMPower 150、Keynote 189/407はそれぞれ「オプジーボ/ヤーボイ」「テセントリク」「キイトルーダ」を用いた免疫化学療法(抗がん剤と免疫チェックポイント阻害剤の同時併用療法)です。

臨床研究のテーマ

定型術式での低侵襲手術の確立、高度進行がんに対する集学的治療の一環としての拡大手術などをテーマにしています。安全で効果的な化学療法、免疫治療に関する工夫も研究テーマとしています。

地域への貢献、地域医療連携、施設認定

当科では、2009年4月より呼吸器外科専門医による診療が開始されています。2011年11月より日本呼吸器内視鏡学会による関連施設認定を受け、また2012年4月からは呼吸器外科専門医認定機構により基幹施設の認定を受けました。堺市・大阪市南部から阪神圏域にいたる他病院への手術応援、手術指導を随時行っています。また各種地域研究会での講演や発表、理事なども行っています。

ご紹介・救急対応

ご紹介は地域医療室を通じてお願いします。救急症例に関してもできるだけ受け入れますのでまずは地域医療室までご連絡ください。

患者さんおよびご家族さまへ

患者本人の自己決定権を最大限尊重し、また必要かつ十分な医療サポートを提供するため、当科ではがんはすべて告知して治療を行っています。ご理解いただきますようお願いいたします。

 

呼吸器外科学術業績 (PDFファイル)

スタッフ

岩田 隆(いわた たかし)

部長:岩田 隆

役職 部長
資格等 呼吸器外科専門医合同委員会呼吸器外科専門医
日本外科学会外科専門医・指導医
日本胸部外科学会認定指導医・評議員
日本呼吸器内視鏡学会気管支鏡専門医・指導医
日本呼吸器学会呼吸器専門医
肺がんCT検診認定機構認定医師
日本がん治療認定医機構がん治療認定医
日本呼吸器外科学会ロボット支援手術指導医(プロクター)・評議員
日本ロボット外科学会 Robo-Doc Pilot(国内A級)認定
関西胸部外科学会評議員
近畿外科学会評議員
社会医学系専門医協会 指導医
日本集中治療医学会FCCSプロバイダー
インテュイティブ社認定ダヴィンチ執刀医・メンター
医学博士(平成11年 大阪市立大学)
緩和ケア研修会 修了

戸田 道仁(とだ みちひと)

 

役職 医員
資格等 呼吸器外科専門医合同委員会呼吸器外科専門医
日本外科学会外科専門医
日本呼吸器内視鏡学会気管支鏡専門医
日本呼吸器外科学会ロボット支援手術指導医(プロクター)
日本ロボット外科学会 Robo Doc Pilot 国内A級
インテュイティブ社認定ダヴィンチ執刀医
関西胸部外科学会評議員
医学博士(平成30年 大阪市立大学)
緩和ケア研修会修了

伊藤 龍一(いとう りゅういち)


役職 医員
資格等 呼吸器外科専門医合同委員会呼吸器外科専門医
日本外科学会外科専門医
日本呼吸器内視鏡学会気管支鏡専門医
インテュイティブ社認定ダヴィンチ執刀医
医学博士(令和4年 大阪市立大学)
緩和ケア研修会修了

 

» 呼吸器外科 外来担当表

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